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KASHIWABA DRIVE〔編集長の雑記帳〕

松浦一樹

  【横浜発7月17日】 横浜をだれがダメにしたのか。思い浮かぶ顔がいくつかあるが、ここで個人攻撃に出るつもりはない。ひとをターゲットにしたところで、すむような問題ではないからだ。

 では、何が横浜をダメにしたのか。

 横浜の政財界には、立派な方々もいらっしゃる。しかし、以前から気になっていたことがある。政財界のリーダーがよく口にする「横浜の輝かしい歴史と伝統を守るために…をする」という言い回しである。この言い回しこそが、悪の権化なのではないか、と思う。その歴史と伝統が何であるかについては、とっさに浮かばないのか、はしょられることが多い。

 どうも、この言い回しは「例年通りものごとを進めれば、万事スムースに運びますよ」といっているように聞こえる。なぜなら、こうした言い回しが使われる場からは、何も産まれてこなかったからだ。個性は集団の中に埋もれていて、一人ひとりの顔はどうも輪郭がはっきりしない。下手をすれば、全員が同じ顔に見えていたりする。そんなグループから何が産まれてこようか。

 「ハマッコは進取の気象にあふれる」と言い習わされてきた。ところがどうだろう。「横浜の輝かしい歴史と伝統」を説くグループからは、そんな気象はまったく感じられない。輝かしい歴史に培われたこの気象を守るのが、ハマッコではないのか。とすれば、今、「歴史と伝統」を語る一群の人々こそが、「横浜の輝かしい歴史と伝統」に最も反しているのではないか。横浜に15年住んでいて、この思いは日に日に強くなるばかりである。

 「三日住めば、ハマッコ」という観光客向けの標語があるが、これは標語にすぎない。ハマッコは「閉鎖的な人たち」だからだ。初対面ではめっぽう愛想よく、三日住むと、なかなか相手にしてもらえない。「横浜が好きです」というと、「君は横浜生まれかね」とよく聞かれる。これも、進取の気象にあふれるハマッコならば、口にしてはならない言葉だ。なぜなら、横浜の歴史と伝統の構築には、国外や市〔村〕外からやってきた人たちが大いに参画してきたからだ。出自にこだわるのは結構。だが、これが排外思想に結びついているとしたら、言語道断だ。進取の気風に反するではないか。横浜がどれだけ「開放的」か。試しに、東京人に聞いてみるがいい。

 国際都市ヨコハマ、とよくいう。船員さんや米兵であふれていたかつての街は、確かにそうだったろう。しかし、今はどうだろう。人口350万人のうち、外国人居住者は6万人とされる。横浜都民が多いように、外国人居住者が多いから、という理由だけで「国際都市」を名乗っているのだとしたら、了見ちがいもはなはだしい。外国人が観光に訪れ、この地の活動の場を求めてこそ、国際都市である。ニューヨークと比べてみればいい。国際都市とは、ああいうのをいう。

 今の横浜にはびこる閉塞感は、その「輝かしい歴史と伝統」を取り違えてしまっていることに由来する。皮肉なことに、横浜を再生させるためには、その「輝かしい歴史と伝統」を取り戻すことが、出発点となる。

 横浜の若者たちは、幸いにも、このことに気づき始めている。横浜が本領を発揮するのは、これからである。