ヨコハマチャンネル横浜から日本、世界を考える
 
KASHIWABA DRIVE〔編集長の雑記帳〕

松浦一樹

 【横浜発12月01日】郵便受けに「嵩教真光」の投げ込みがあったので、つい、複写してしまった。新興宗教は、オウム真理教の一連の事件があってから、すっかりなりを潜めていたが、活動を続けているところは、このように活動を続けているのだろう。

 「新興宗教に近づくな」といってしまっては、信教の自由を侵すことになるから、そうはいわない。「嵩教真光」がオウムと似通っているのか、あるいは、まったく異なるものなのかどうかも、わからない。しかし、得体の知れないカミサマをダシに、執拗に勧誘してくる、この手のグループには、やはり気をつけたい。オウム事件の効用は、「変なモンには、安易に近づいてはならない」という教訓を残してくれたことだろう。

 「嵩教真光」がどのような団体なのか、正直なところ、よくわからない。学生時代、日吉〔港北区〕のキャンバスでボケッとしていると、よく、「お祈りさせてください」といって、寄ってくる若者がいた。そこで例の「手かざし」の術を披露してくれるのだが、こっちの感性が鈍いのか、心にも体にも何の変化もないから、一、二度お世話になってからは、完全に無視したものだ。いろいろなうわさがあって、手かざしにうっとりしようものなら、「蝋燭の灯っている暗い部屋に通され、洗脳される」といった話も耳にした。

 これが本当かどうか、いまだに知らない。「いわれのないこと」と反論されれば、その通りかも知れない。それでも、にわかに近づいてはならない、と直感する。

coverこのチラシをちょっと、読んでみよう。

 「陽光ライフ」というタイトルがついていて、何のことはわからないが、まあ、これはよしとしよう。信仰宗教でなくても、わけのわからないチラシは五万とあるから。

 問題は、その次の問いかけからだ。「あなたは 真光の業を ご存知ですか?」とある。「ご存知のわけないだろっ」というのが、素直な反応だが、この「業」というのが、どうやら、「手かざし」のことらしい。「掌〔てのひら〕から神の光を放射し、肉体ばかりでなく、心の世界そして魂の世界までも浄〔きよ〕めることができる」というのだから。

 左側のページには、「霊魂は実在する」との見出しがついている。本文を読むと、「あるアンケート調査で『肉体とは別に霊魂が存在する』と解答〔誤字ですが、ママ〕した人が60%以上いたという報告があります」とある。この調査結果が、「霊魂が実在する」根拠とされているなら、笑止千万のガハハだ。アンケート調査が、いつから真理を解明するツールとして使われるようになったのか、ぜひ教えてもらいたいものだ。不信心な私でさえ、「霊魂は実在する」と思うことはある。世の中に、科学では説明できない摩訶不思議がいろいろあることも、認めよう。だが、六割の人がそれを信じているからといわれて、「ああ、そうですか」と鵜呑みにするほどのボケではない。

 チラシの下の段に移ると、「魂霊を浄める“真光”」とあって、「『神は光なり』と、バイブルに示されていますとおり、神の本体は光です。その光が真光で…」との説明がある。この「バイブル」は、キリスト教の聖書を指すのだろうか。とすれば、この団体はクリスチャン? 聖書は中途半端にしかめくったことがないが、確か「いんちき宗教には、気をつけろ」といった件が、どこかにあったはずである。いずれにしても、これだけでは、「嵩教真光」がどのような宗教なのか、見当もつかない。

 そこで、チラシの裏面に移ると、東京、茨城、兵庫の各都県にいる信者たちから、寄せ書きがされていて、「手かざし」が不治の病を治す「業」であることが、わかるのである。ざっと、目を通してみると、肺がんや白内障や「劇症型A群溶連菌感染症」といった難病が、手をかざしただけで、消えていったというのである。

 神がかっていない中国の気功術なら、まだ信じてみたい気にもなるが、これはいただけない。バイブルに基づくところの、神の本体であるところの、真光によって、いかなる難病も回復する、といった説法には、どうしてもついていけないし、これ以上、付き合うのも、嫌なのである。なぜか。変だからだ。

 「これは変だ」という感覚がとても大切なのである。

 私の父は、57歳で他界した。肝臓ガンだった。「オヤジは、もうすぐ死ぬんだな」と悟ったとき、虚脱感に襲われたのをよく覚えている。神に祈りたい、と思ったし、父を救ってやりたい、とも思った。しかし、手をかざしてオヤジを治してやろうとは思わなかった。自然の摂理に従う、心の用意をさせてくれるのが、いい宗教なのではないかと思う。父は、亡くなる直前に、洗礼を受け、クリスチャンになった。死んだときは、穏やかな表情をたたえていた。心の準備ができていたのだと思う。

 そんなところに、つけ込んでくる信仰宗教が大嫌いである。

 信仰宗教だから、どれもがおかしい、とまではいわない。中には、真っ当なのも、あるだろう。しかし、インチキがにおうものは、とことん拒絶してやるし、場合によっては、闘ってやる。「近所でボランティアをしている者です」といって、うちの玄関までやってくるような連中〔うちに来たのは、「エホバの証人」を名乗りました〕は、絶対に相手しない。こんなチラシ一枚で、そう意気込むこともないのだが、このチラシを持って、連中を訪れる人がいるかもしれないと思ったら、つい興奮してしまった。

 信教の自由は、絶対に守らなければならない。しかし、この自明の理を盾に、人の弱みにつけ込んでくる連中は、容赦しない。

チラシは親切にも、道場の所在地を教えてくれているので、ここに再録しよう:
神奈川中道場〔南区高根町3−17−5〕
横浜中央準道場〔西区北幸2−13−1 日総アネックスビル7階〕
戸塚準道場〔戸塚区戸塚町190 エースビル〕
瀬谷お浄め所〔瀬谷区三ツ境16−1 郵便局ビル2、3階〕
緑お浄め所〔緑区青砥町1128−3 イチカワビル2階〕
金沢八景お浄め所〔金沢区寺前1−11−30 津乃国屋ビル2階〕
鶴見連絡所〔鶴見区鶴見中央4−43−4 第六日野ビル9階〕

 ※繰り返しになりますが、これらの道場に「行くな」とは、いえません。ですが、私は絶対に行きません。後は、読者のみなさんのご判断です。どうしますか。