ヨコハマチャンネル横浜から日本、世界を考える
 
KASHIWABA DRIVE〔編集長の雑記帳〕

松浦一樹

 【横浜発12月13日】年末になって、すっかり筆が止まってしまった。連日の忘年会で、うちに帰るころには、もうベロベロ。深夜にコンピューター画面とにらめっこなんぞ、できなかった。6月にヨコハマチャンネルをスタートしてから、更新作業をストップしたことはなかったが、年末はみんな忙しいのだろう、寄せられる原稿も少なく、スローダウンしている。ただ、ここでやめてしまっては、今まで威張り散らしてきた意味がなくなってしまう。続けることだ。

 来年は、ヨコハマの街をじっくりと、観察してみようと思う。夜のヨコハマには、街を語るやつがいっぱいいる。そんなやつらを、どんどん白昼に引っ張り出したいのだが…みんな、ドラキュラ生活を送っているから、陽光を嫌う。かくいう、オレも。

 60年代生まれのオレたちが、やらなければならないことがいっぱいある。廃れゆくカルチャーをいっぱい溜め込んで、発散できずにいるのが、オレたちの世代だからだ。

 中田市長は、そんな意味で、オレたちの仲間だ。彼が味わっている閉塞感は、オレたちが直面しているのと、同じものだ。それを打ち破ろうというのだから、同調しないわけにはいかない。先行した彼に、オレたちは、付いていかないといけない。彼がスローダウンしたら、オレたちが刺激してやらなきゃいけない。

 横浜市の思惑とは裏腹に、この街は、どんどん郊外化が進んでいる。東京のベッドタウンになってしまっているのだ。経済がそれを望んでいるからだ。「外モノがヨコハマをだめにしている」という人たちがいて、郊外化の現象をもたらして、この街をつまらなくしているという意味では、その通りなのだ。その流れに抗うのは、無謀といえば、無謀。だが、抵抗をやめれば、カルチャーは廃れゆくのみ。カルチャー、特に、サブカルチャーを愛するオレたちとしては、徹底的に逆らうしかないのだ。

 ヨコハマチャンネルは、ジェームズ・ディーンとは違って、わけありの「反抗」なのだ。オレたちは、流れに逆らう。逆らうことが、文化活動なのだ。