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04/01/14【横浜ナンバー一覧】
藤枝 好キャロル【横浜発1月14日】 前回紹介したマディ・ウォーターズに「ロックはブルースの子供」という発言がある。(黒人の)ブルースを愛好した白人の若者が演奏したのがロックだということである。実際、エリック・クラプトンなど、ブルース・ミュージシャンを敬愛するロック・ミュージシャンは多い。1960年代前半、ブルース・ミュージックはアメリカでは勢いを失っていた。そこへレコードでブルースを聴いたイギリスの若者たちがバンドを組んでアメリカに乗り込んできた。その代表がビートルズであり、ローリング・ストーンズである。これをBritish Invasionという。 マディにはその名も『Fathers & Sons』(1969年)という(アメリカの)白人ロック・ミュージシャンとセッションしたアルバムがある。前回の「I've got my mojo working」は純粋なマディ・ウォーターズのバージョンで聴くのが筋だろうが、個人的にはこのアルバムのライブ・バージョンが大好きである。白人のポール・バターフィールド(ブルース・ハープ)やマイク・ブルームフィールド(ギター)のベストに近い演奏と、黒人のオーティス・スパンのゴキゲンなピアノが聴けるからだ。もちろんマディの力強いボーカルもよいし、大半が白人だったという観衆の反応も素晴らしい。 キャロルの矢沢永吉は広島出身だが、デビュー前は横浜でバンドをやっていた。ジョニー大倉や他のメンバーも横浜にゆかりがある。キャロルの功績は、ブルースの支流に位置する<オールディーズ>ロックンロールによって1970年代前半の日本のロックシーンに新たな地平を開いたことである。篠原章はキャロルについて、「一部のスノッブが独占していた“ロック”をフツウのティーンズのポップに“格上げ”した」と評している(『J-ROCKベスト123』講談社文庫)。 1971年の秋、高校2年生だった私は、文化祭のコンサートで3年生のバンドの演奏を聴いた。当時よく耳にしたコテコテのブルース・ロックで、やせた背の高いリードギタリストと妙に本格的な(異様に黒っぽい)ヴォーカリストが印象に残った。ふたりとも校内で顔を見たことがあるという程度の関係である。 約1年後、デビュー(1972年12月)直後のキャロルを写真入りで紹介している週刊誌を見た(たしか『週刊プレイボーイ』)。リードギタリストが1年前に文化祭でブルースを演奏していた内海利勝さんだった。キャロルは矢沢永吉やジョニー大倉が中心のバンドだった。しかし、ブルースという<ロックの基礎>を演っていた内海さんがリードギターを担当していたことは、バンドのパフォーマンスにとって重要な要素だったと思う。(文中一部敬称略)(03・12・31) |
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