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03/10/22 【ハマネスク一覧】
渡辺真帆さよなら、はま子…
【横浜発10月22日】動物の影も形も見えない象の運動場を、柵の外から不思議そうに眺めている子どもたち=写真=に出会った。おそろいの黄色の帽子が愛らしい久里浜小学校の一年生で、遠足で野毛山動物園に来たそうだ。5人前後の班に分かれて、動物しりとりをしながら動物たちの居場所を探していたところ、柵の中にいるべきはずの象の姿が見えずに困っているという。「象のはま子さんはね、死んじゃって、もういないんだよ。」そう教えようかどうしようか迷って、私は結局黙ったまま、つまらなそうな顔で去って行く子どもたちを見守った。 今月7日、野毛山動物園の“シルバースター”であったインドゾウのはま子が老衰のため死亡した。1951年に野毛山にやって来てから、52年間に渡って野毛山の人気者だった彼女は、推定59歳。最期は大往生だったという。はま子死亡のニュースを聞いた私は、胸に小さな穴が空いてしまったような、寂しさと後悔が入り混じった気持ちになった。一週間前に野毛山にラクダのツガルさんの写真を撮りに行った時、私ははま子の運動場まで行かなかった。象舎の側の柱にもたれかかって、いつもと変わらぬ様子で悠然と立っていた彼女を、遠くからチラリと見ただけで、急いで通りすぎてしまったのだ。あれが彼女の最後の姿だったのかと思うと、目頭が熱くなった。 現在、はま子が半世紀以上もの時を過ごした象の運動場前には、近所の野毛山幼稚園の子どもたちが作ったはま子の大きな貼り絵のパネルが飾られている。園の管理係長、島宗幸雄さんに話を聞くと、はま子死亡の翌日から、多くの市民が園に駆けつけ、象舎の近くに設けられた献花台にたくさんの手紙や供花、好物だった果物や野菜などをお供えして行くという。
「象はペアで飼うものですから、スペース的な問題もあって、今後野毛山で象を飼うかどうかは全く未定です」。島宗さんの感情を抑えているような、辛そうな表情が印象的だった。園のスタッフみんながはま子の死を悼む中、飼育係りの方々はどうしているのだろうか、気になった。「テレビの取材の依頼なんかも色々とあったんですが、(飼育係長の)心の整理がつかないようで、全部断っていました。相当寂しいのだろうと思います」。 野毛山で長寿を誇る動物がまた一頭姿を消したわけだが、実はここ数か月、私が心配し続けている“シルバースター”がもう一頭いる。御年25歳の、フタコブラクダのツガルさん=写真=だ。1982年に青森県から野毛山にやって来た。ラクダとしてはかなりの高齢で、普段はほとんど横になったきりで、お腹には痛々しい床ずれが出来ている。老いても食欲が衰えぬ頼もしいツガルさんだが、時々視線があやしく宙をさ迷い、大丈夫だろうかと不安になる。ただでさえ昔馴染みの動物たちがだんだんと姿を消している野毛山である。勝手ながら、ツガルさんにはもう少しがんばって欲しいと思っている。 思えば私の成長の過程には、常に野毛山の動物たちの姿があった。中学、高校のころに私がはまっていた動物は、アーチという名前の雄のマレーバクで、現在、よこはま動物園(ズーラシア)の繁殖センターで暮らしている。このアーチのツブラな瞳と今にも止まってしまいそうなウロウロ歩きを見ると、なぜか、いつも元気が出た。彼がズーラシアへ移されて行った時には、幼馴染が遠くの街へ引っ越してしまった時のような寂しさを感じた。 ホッキョクグマの雪子との思い出も忘れられない。生後4か月で野毛山にやって来た雪子は、25歳でその生涯を終えるまで、名実ともに野毛山のスーパースターだった。1999年1月の終わりのある寒い朝、その年の4月にオープン予定だったズーラシアへの引っ越しの途中で、雪子は突然死亡した。「弱っていた体に打った麻酔が悪影響を与えたとみられる」と地元各紙は報じた。あんまりの結果に、悔しくて、悲しくて、やり場のない怒りを感じた。 私は動物園が好きで、特に動物と人間の距離が非常に近い野毛山がとても好きだ。この緑に囲まれた動物園で、私は新しい生命の誕生や成長の喜び、また共同生活の営みを知った。そして生きとし生けるものすべてが老いて、いつの日か死を迎えるという生物のルールを学んだ。 以前、あるイギリス人女性と、動物園について議論をしたことがあった。「人間の都合で自然界から勝手に動物たちを連れてきて、檻〔おり〕の中に閉じ込めてペット化するなんて最悪だ。動物園の存在には反対だ」。憤慨する彼女の発言に、私は疑問を覚えた。彼女の言い分はもっともだと思うのだが、動物園の存在がどれほど我々人間の生活を豊かにしてくれているのか、それを知っている私は、彼女の意見に賛成できなかった。
「動物たちがかわいそうだ」と彼女は言った。私はそう思う代わりに、動物たちに感謝と敬意の気持ちを持っている。愚かな人間たちに動物の見事な生きざまを見せてくれる彼らに、いつも心の中で「ありがとう」といっている。そして、いつの日か、自分の子どもにも、小さいころ自分がしてもらったように、できるだけ早いうちに、大切な地球の仲間たちの姿を見せてあげたい。地球というのはなんて賑やかで素晴らしいところなのだろうと、感じてもらいたい。 野毛山で、私は動物たちと心を通わせる楽しさを知り、そして彼らから素晴らしい生のエネルギーを受け取った。新しい動物の誕生や成長に期待しつつ、この歴史ある動物園を支え続ける“シルバースター”たちの勇姿を、これからも影ながら見守って行きたい。野毛山は、11月中にはま子の「お別れ会」か「感謝する会」を開くことを検討している。彼女の体は解剖後、部分的に剥製にされ、小田原市の県立「生命の星」に寄贈される。剥製になったはま子の姿は正直いって、あまり見たいとは思わないが、お別れ会にはバナナか何かを持って必ず参列しようと思っている。 |
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