ヨコハマチャンネル横浜から日本、世界を考える
 
活字スト

松浦一樹

 ※今回から、★★★強く薦める、★★☆読んでもいい、★☆☆特に薦めない、☆☆☆焚書の4段階評価を加えようと思います=ヨコチャン編集長

cover

高橋咲「本牧ドール」★★☆
〔集英社刊〕

 【横浜発11月3日】この本をここで取り上げるか、どうか、迷った。だれかが「気に食わない」と意見したからだ。「東京の女が勝手なことを書いている…」。だれも、こうはいわないのだが、ほのめかしていた。歓迎されないものを、あえて取り上げる意味があるのか。逡巡したが、「ある」と思った。聞こえのいい話ばかりでは、尊大になるだけだ。俺たちの街はもっと、懐が深くていい。

 10代、20代を本牧で過ごした前衛劇団「天井桟敷」の元メンバー、高橋咲の自伝的小説、との触れ込みで、売りに出された。昭和40年代〔すなわち、セブンティーズ〕の横浜で、本牧を根城に一世を風靡〔ふうび〕した人気バンド〔名は出てこないが、「ゴールデンカップス」〕のメンバーにあこがれる東京の若い女の子の、甘酸っぱい青春を描いているのだが、これ以上、ネタをばらすのはやめにしよう。気になるなら、読んでみればいい。タイトルに「本牧」の二文字が入る小説は、なかなかないだろうから。

 少し読めば、高橋咲が美文家であることがわかる。寡作らしいが、練達を必要とするこんな文章をいつも書いているのだとしたら、そうならざるをえないだろう。それほどに、凝っているのだ。ただ、興味を惹かれたのは、そんなところにではない。東京から横浜に出てきた人間でなければ、横浜へのアンビバレンス〔愛憎〕を、こうはうまく表現できないだろう、といったところにある。

 例えば、こんな件〔くだり〕。

 〔抜粋〕集まってくるメンバーは、<中略>、隣の豆腐屋の主人を始め、現役の警察官、港湾病院の売店主、中華街のぼんぼんと、普段互いに付き合いのない人々だった。隣の豆腐屋は別としても、どこでどうして知り合ったのか、またそんなこと、誰も気にしていないのが、この街の特色でもあった。
 港町横浜という舶来の垢抜けた印象を抱いてやってきたわたしは、住めば住むほどこの街の狭さに戸惑いを感じるようになっていた。
 ゴローたち地元の人間は、元町のトンネルから根岸までと中華街しか本当の横浜と認めていない。
 「横浜のどこよ?」
 「えっ、鶴見!」
 彼らはあからさまに馬鹿にし、その後一言も口をきかない。わたしは何度もそんな光景に出会った。わたしはその度に彼らの強烈な土地意識に反発を感じた。〔抜粋終わり〕

 こんな件もある。

 〔抜粋〕彼らが「本当の横浜」という、中華街と元町のトンネルを抜けてから根岸までには、<中略>不良っ気のある若者たちで出来た明確な力のヒエラルヒーがあった。それは開放的な外来文化を象徴する元町や外人墓地とはまったく異なった、アメリカがやって来る前の横浜の姿なのかもしれない。本牧、間門、根岸辺りは、海が通りのついそこまできていた漁師町だった。街の中は村と呼べそうなほど親密で、そこに住む誰もが互いを知っていた。<中略>ゴローから目の敵にされたら、本牧には住めなかった。何度横浜に足を運んでも、わたしは余所者という意識を拭い去ることができなかった。来る者は拒まず、去る者は追わない東京の雑多な文化の中で生まれ育ったわたしは、強烈な土地意識に支えられている本牧に強い憧れを抱く一方で、反発もあった。〔抜粋終わり〕

 引用が長くなってしまったが、どうだろう。高橋咲が30年前の本牧に感じたものを、今の私〔評者〕が感じている。こんな東京人の受け止め方を疎んじる地元の感情も、わからなくない。

 高橋咲は、横浜人と東京人の間のわだかまり〔あるいは、東京人の横浜人へのあこがれ〕を実にうまくとらえているのである。ただ、読み終えても、カタルシスはない。横浜はあくまで、横浜であろうとする。そんな横浜に、東京はまた、強いあこがれを抱くのである。