ヨコハマチャンネル横浜から日本、世界を考える
 
横浜百景〔9〕

山口昭

「ライス・カレー」の味

 やはり、「夏」は暑いのがいい。

 「老人力」をつけようと、「ライス・カレー」をつくってみた。「カレー・ライス」であれば、市販のルウを買ってくれば、簡単に出来るでしょう。「ライス・カレー」はカレー粉が必要なのだ。近所のスーパーに行ってカレー粉、それもSBカレー粉を求めた。「ライス・カレー」はなぜか、母の味なのだ。

 母の「ライス・カレー」には、ブルドック・ソースと散蓮華(ちりれんげ)(陶製のスプン)がセット。今、散蓮華でカレーを食べさせてくれる店は、中国料理店だけだ。カレーがメニューに入っている中国料理店も少なくなった。

 私の苦心作「ライス・カレー」は失敗に終わった。うどん粉の使い方に工夫が足りなかったようだ。老妻も、一口で散蓮華を置いてしまった。私は、意地になって食べた。なぜか、母を裏切る感じがしたからだ。夕食の時間に、普段より多くの蝉〔せみ〕がベランダに集まってきて、鳴いていた。SBカレー粉の香りが強烈だったのだろうか。

 私にとっての「ライス・カレー」は、煮干し味がスタートでした。肉の入っているカレーを食べられたのは、昭和25(1950)年のころだっただろうか。それも、少量の豚のこま切れでした。昭和27(1952)年の高等学校入学試験に合格して、父の会社に電話を入れ、中学校の担任にいっしょに校長室に入って報告し、喜んでもらった記憶が鮮明です。家に帰り、母が「今夜は、豚カツかお刺身か」と聞くので、迷いなく「肉のたくさん入っている『ライス・カレー』にして」と、答えたのだった。

 その日の夕食のカレーは、わが生涯最高の味だった。

 社会人になって、カレーをたくさん食べてきた。私が選んだベスト・テンを列記する。残念ながら、横浜地区からは一店も入っていません。北から列挙する。順位に、意味はありません:

(一)函館・五島軒のカレー
(二)東京上野・精養軒のカレー
(三)東京ステーション・ホテルのカレー
(四)東京銀座・資生堂のカレー
(五)東京日本橋・丸善の屋上レストランのカレー
(六)東京新宿・中村屋のカレー
(七)東京代官山・小川軒のカレー
(八)箱根富士屋ホテルのカレー
(九)茅ヶ崎スリーハンドレッドクラブのカレー
(十)大阪自由軒のカレー

 各店の中でもトップ(私にとっての)は、東京・日本橋丸善本店のカレーだ。エレベーターで屋上に行き、古い時代のゴルフ場のクラブ・ハウスのような建物がある。カレーとハヤシ・ライスがある。どちらも絶品だった。それと、お値段が安い。このほかにも、私が学んだころの上智大学の学生食堂(ドイツ人のコックさん)や、街の日本そば店の「カレー丼」ではなく、「カレー・ライス」も、なかなか。まっ赤に染まった「福神漬」が、何ともいえない味を出している。

 横浜地区で一店も入れませんでしたが、他の料理の自慢店は、たくさんある:
洋食の「ホテル・ニューグランド」
うなぎの「八十八(やそはち)」
中華の「海員閣」
シュウマイの「清風楼」
餃子の「蓬莱閣」などなど。

 「蓬莱閣」の経営者・王宗俊さんとは、高等学校(希望ヶ丘高校)の同級生である。在学中は、ラグビー部に所属し、大活躍していた。同窓会で顔を見たのは、7年前だったと、記憶している。私の会社が倒産して、その整理に追われていたからだ。来年2月になると、東急・東横線が路線変更して、元町・中華街駅が誕生するそうな。そしたら、王さんの料理を食べて、おみやげに「清風楼」でシュウマイを求め、元町を歩き、なつかしい洋品店「ポピー」に寄って、ネクタイの一、本でも求めて帰りたい。

 今朝の青葉区あざみ野は蝉の鳴き声が活発だ。