ヨコハマチャンネル横浜から日本、世界を考える
 
ズージャグラフィー〔横浜ジャズ〕

吉元哲

芸人・パパジョン

 【横浜発7月25日】「パパジョン」とは、横浜の野毛町〔中区〕にある飲み屋の名前だが、この店のマスターを客は「パパジョン」と呼ぶ。看板には「ジャズと演歌の店」とある。カウンターばかりの小さな店で、10人も客が入れば、すぐに満席になってしまう。

 のんべぇのジャズファンにとって、この店は、いや、この人は、名物オトコだろう。取材した日が連続営業8144日〔22年と4か月ほど〕目で、記録更新中。客に休みはと聞かれれば『年内は無休でやってます』と答え、お客が新年は?と問えば、『元旦から』と応える。新規の客がもし、喫煙の習慣があるなら、必ず、弁当箱大のライターの洗礼を受けることになる。飲み屋だから、酒を出す。つまみも用意できる。しかし、ここの客の多くはパパに会いに来るのだ。

 パパジョンは、ラジオ関東の放送でチコ・ハミルトン(ジャズ・ドラム、リーダー)のブルー・サンズを聴いて以来のジャズファンであるというから、すでに40年に渡って、ジャズを聴いてきたことになる。4000枚近い所蔵レコードの内容は、ジャズ喫茶にないものが多いという。『名盤は置いてありません』といい、シリアスなモダンジャズファンの顰蹙(ひんしゅく)を買うかも知れないが、美空ひばりのスタンダードや、青江美奈の「伊勢佐木町ブルース」のジャズ・バージョンなども、興に乗れば、かける。が、客のリクエストには応じない。客としてはパパをなんとかのせて、色々と引き出したいのだが、この駆け引きが常連客を妙に惹〔ひ〕きつける。寄席の高座と客席ではないが、カウンターをはさんで丁々発止、たとえ、こちらがハードボイルドの主人公を気取っていてもつい、ハナシの輪の中に引きずり込まれてしまう。

 こんな紹介をすると、「面白い飲み屋のマスター」ということで終わってしまいそうだが、この人の魅力には別の面がある。野毛大道芸の創設に深くかかわり、世話役を続けているのはよく知られているが、若手芸人を応援し、後進同業者を育成するかたわら、ちょっと意外なのが、囲碁の普及活動に尽力していること。日本棋院の高木祥一九段を囲む、碁の会の幹事を13年間、一人でこなしている。その功労をたたえられ、日本棋院から囲碁二段(本人談、お茶くみ二段)の免状を贈られたというから、ただの世話好きではない。

 ジャズの話にもどそう。横浜でジャズの話題になると、必ず、言及されるのが日本最古のジャズ喫茶「ちぐさ」(ジャズ喫茶)であり、主人の吉田衛さんだった。パパジョンのちょうど背中の辺りに、その店はある。横浜のジャズの生き証人だった吉田さんは、残念ながら八年ほど前に亡くなったが、その葬儀で棺を支えた一人がパパジョンだった。飲んで駄洒落〔だじゃれ〕を連発する飲み屋のマスターと、「酔っ払いとおしゃべり、お断り」と厳格なマスターの組み合わせは、事情を知らぬ者には、奇異に映ったはずだ。

 そう、パパジョンは、権威に素直に耳を傾ける常識人なのだ。そして、この人はジャズファンであるとともに、ジャズを実演する側にあるのだともいえる。そのステージは、カウンターの内側であり、奏でるのは「ボトルとグラス」ということになる。「酔っ払いを騙〔だま〕して40年、女に騙されて50年」なんていうチープなせりふも、「得意なメニュー」(パパ談)という水割りを傾けながら聞くと思わず、うれしくなる。筆者は、ジャズの芸術性は否定しないが、ともすれば見失われがちなジャズの“芸”としての面白さを、この店で飲んだ帰りに、考えさせられた。

 1960年代後半、ジャズの巨星、デューク・エリントン楽団の演奏を聴いた。半ば、神格化されたその演奏は、もちろん素晴らしかったのだが、そのステージで、若い歌手が演奏途中で踊って見せた時に、神聖デューク・エリントンが客席に向かって、手を打って媚びるように笑ったのが、印象的だった。そう、ジャズはエンターテインメントなのだ。

papa john
横浜市中区野毛町